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司馬遼太郎さんの“アメリカ素描”という本を読みました。

アメリカ素描 (新潮文庫)アメリカ素描 (新潮文庫)
(1989/04)
司馬 遼太郎

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司馬遼太郎がアメリカを描いたらどうなるか。

“素描”というのはスケッチのことで
司馬遼太郎さんが西海岸と東海岸の各地を取材に訪れて書いた
アメリカとは何ぞやをスケッチしたエッセイです。

サンフランシスコの中華街を訪れたり、ベトナム人街に行ったり
ニューヨークの5番街やハーレムを歩いたりしていろいろ思うことをかかれています。

20年前の本ですが、さすがは歴史小説家。

アメリカの断面をつぶさに観察しながら
普遍的なアメリカ像をスケッチしているので
今読んでもなるほどと思います。

日本では司馬さん原作の
“坂の上の雲”がドラマになって
話題になっているようですが、
アメリカ素描でも
やはり日露戦争が出てきます!

“日本がましな国だったのは、日露戦争までだった”

という司馬遼太郎さん。

アメリカ素描なのに日露戦争が出てきて面白いですが
日露戦争の講和条約はアメリカのポーツマスで締結したわけですね。

だから司馬さんはポーツマスにも行っていますね。

日本全権大使だった小村寿太郎が当時座ったイスに座ってみたり、
小村寿太郎のハーバード大学留学時代のこととか、
小村の書生だった桝本卯平は
ユダヤ人の経営するフィラデルフィアの造船所で造船技術を学んでおり、
ロシア政府から依頼された軍艦を作っていたとか、
まぁ、よくもまぁそんなことを知っているなと感嘆せざるを得ません。

かと思うと、アメリカのゲイは少数民族としての
権利確保のため政治運動をしているんだとか、
アイルランド系移民がアメリカ社会で置かれている立場を
歴史と現在の観点から分析してみたり、
韓国系移民は果物屋を経営して果物をよく磨いて陳列したから成功したとか
いろいろなことが描いてあります。

“私にとってわかる気がするのは、古い時期に中国文明の影響を受けたくにぐにだけである。となると、ベトナム、朝鮮、それに日本ぐらいなもので、同じインドシナ半島でも、近代以前、インド的な原理で国を作ったラオスやカンボジアとなると目が霞んでしまう。”

と謙遜されていますが、
アメリカのスケッチといいながらも、さすがにかなりの研究されています。
目からウロコのこともたくさんありました。

あるアメリカ人の学者が孔子の“論語”を読むと、

“インディアンの酋長のハナシみたいだ”

というつぶやいたという逸話を紹介し、

「子曰、學而時習之。不亦説乎。有朋自遠方来、不亦楽乎。人不知而不慍、不亦君子乎」

という学而篇の最初のところを

“お前たち、教わったことは、あとで復習するんだよ。あれは楽しいことなんだ”

“友達っていいもんだよ。とくにかれらが遠くからやってきてくれるときはね。
これほどうれしいものはないもんだよ”

“よく世間が認めてくれないといって怒る人がいるだろ。
あれはいけないよ。平気でいるってことが、お人柄というもんなんだ。わかるかね”

というふうに司馬さんは
論語をインディアン風に訳してみて
アメリカ人が論語を読んだらこんな感じに
聞こえるんじゃないかとスケッチしてあります。

東方における聖賢の書は、西洋の目からは
訥々とした語りの老人の人生訓のようにうつってしまう。

これは面白い視点だなと思いました。

中国文明では論理性は必ずしも重きを置かれておらず
それよりも言葉と言葉の間の言外のメッセージを察して
礼と義を重んじるという風にできています。

一方、西洋世界では
ギリシャのプラトンが書いた
“ソクラテスの弁明”などを読むと

自分の死刑執行は不当であるということを
法廷で延々と自分自身で弁明した反駁書が哲学になってます。

切腹は美徳だった日本で
自分自身の罪状を言い訳するような人が
偉人とされることはないでしょう。

でもソクラテスは徹底的に論理的です。

自分は何も知らないということを知っているんだ
という無知の知の論理により、
自分で何か知っていると賢者ぶっている人よりはその分だけ賢い、
したがって、“ソクラテスより賢いものはいない”という結論を
死刑執行まで崩しません。

“さあ、お別れのときが来た。
別々の道に進むとしよう。
私は死への旅路に、君たちは生きる道を。
どちらが幸せかは、神様にしかわからない。”

と言ってソクラテスは息を引き取ります。

このソクラテスが哲学の祖にして
欧米流の論理的思考の祖ですから
論理よりも仁義の論語の孔子とは
根本的に思想が違いますね。

“文化が違うから。”

という言い方を誰かがしたのを聞いて
アメリカでお会いした東大のある教授がこういっていたのを覚えています。

“ただ文化が違うというのは
問題をマジックワードに置き換えたに過ぎない。
文化という定義できないものを使っても言葉の言い換えに過ぎない”

司馬遼太郎は違います。

アメリカ素描の中では
“文明”と“文化”という言葉を明確に使い分けています。

“文明”とは“たれもが参加できる普遍的なもの・合理的なもの・機能的なもの”
“文化”とは、“特定の集団(たとえば民族)においてのみ通用する特殊なもの”

と定義されています。

その上で、アメリカは、かつてのローマ帝国や大英帝国のような“文明”があるとし、
日本は日本“文化”があるといいます。

“たとえば青信号で人や車は進み、赤で停止する”というのは“文明”的で
“日本でいうと、婦人がふすまを開けるとき、両ひざをつき、両手で開けるようなもの”は
“文化”的といいます。

普遍的で誰もが参加可能なディズニーランドは“文明”的で、
合理的ではないが安堵を与えるようなお歳暮のようなものが
“文化”的なのだということでしょうか。

おもしろいですね。

“私は歴史小説を書いている。
見たこともない室町時代を、さまざまな経過をへて、やがてそこにあるかの如く思えるようにならなければ、小説というのは書きにくい。さらにいえば、室町時代の京に、いまいきなり行っても、とまどうことがあるまい、という錯覚がなければ、歴史小説というものは書きにくいものなのである。”

とあとがきに書かれています。

こういう人の頭の中では、今マンハッタンの
マディソン街を歩いていても時空を越えられるでしょう。

ウォール街を歩きながら
ふと日露戦争の決戦前夜の対馬から日本海を見たり、
幕末の咸臨丸の甲板の上を歩いたり、
中国は洛陽の都で流行の回教の教えを聞いたりと、
タイムマシンのように時空を自在に旅できる人だったんだろうなと思います。

歴史を見れば現在がわかるというのでしょうか。
あるいは未来がわかるというのでょうか。

投資よりも投機を重要視して
先物取引にロケット技術の数学を取り入れた
20年前のウォール街を見て
アメリカの経済は果たして大丈夫かと指摘しているあたり
20年後のリーマンショックを予想しているようで
恐ろしいまでの考察力を感じます。

翻って自分のブログを見たとき、
仕事のことや家族のことを通してぐらいしか
アメリカのことを書けないなぁなんて恥ずかしく思います。

アメリカ素描―。
自分自身のスケッチを描いてみたいものです。



文明とは何か。文化とは何か。探し続ける駐在員にあたたかい応援をっ。



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