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日曜日に教会に行ってきましたっ。

なんて書くと日本でこのブログを
読んでいる方はびっくりされるかもしれません。

実は前々からアメリカの教会に“興味”がありました
(こう書くとクリスチャンの方に怒られるかもしれませんが)。

理由は、アメリカでこんなに人々の生活に影響を与えている
キリスト教の教会ってどんなところだろうという探究心です。

アメリカはいうまでもなく宗教国家だと思います。
大統領が聖書に手をかけて宣誓するのは有名な話ですよね。

野球のスタジアムに行くと必ず歌われるのは
“アメリカ国歌”と“God bless America”ですもんね。

“神がアメリカを祝福する”と歌うわけです。



初詣には神社に行き、
お盆はお寺さんがお経を読みに来るけど
クリスマスとバレンタインはプレゼントという
典型的な日本人の僕には
このアメリカの宗教的パワーに圧倒されます。

次第に、いったいアメリカのキリスト教ってどんなんなんだろう
という素朴な疑問がわいてきました。

ちょうど娘が行っている幼稚園(Nursery School)が
隣にある教会が運営しています。

だいたいアメリカの地元の幼稚園というのは
教会によって運営されていることが多いです
(幼稚園自体には宗教色はまったくありません)。

娘の幼稚園を運営しているのも
アメリカのいたるところにあるプロテスタントの普通の教会です。
日曜日の朝10時半からいつも礼拝をしているとのことです。

僕は礼拝堂のあるクリスチャンの系列の学校に行っていました。
ですから
キリスト教の礼拝には慣れています。
週に何回か学生が礼拝堂に集められて
賛美歌を歌ったり聖書を読んだりしてました。

でも、学生の頃はまじめに礼拝に出ていたのではなく
普通の日本人なので仏教(あるいは神道)の家の出身なので
キリスト教の信者というわけではもなく、
たまたまキリスト教系の学校だったから出席しているという程度でした。

友達の結婚式がキリスト教式の場合、
キリスト教じゃなくてもなんとなく
賛美歌を見よう見まねで口ずさんだりしている感覚と似ています。

もっともニューヨークだと、いろんな人種がいるので
キリスト教だけがアメリカの宗教だとはいえません。

ユダヤ人たちはユダヤ教だし、
インド人たちはヒンズー教、
アラブの人たちはイスラム教だし、
中国の方は道教や儒教の影響が大きいですね。

みんな出身国の宗教をアメリカに持ってきているので
それこそ八百万の神といった様相を呈しています。

キリスト教徒一口に言っても
カトリックやプロテスタントに
クェーカー教とか、モルモン教とか
なんだかいっぱいあるますねぇ。

あやしいのもいっぱいあります。

信教の自由が保障されるアメリカは
もともと宗教的な迫害からの自由を求めて
“新大陸”をめざしたピューリタン(清教徒)たちが作った国。

宗教国家といってもおかしくはないはずです。

その宗教国家の中で大多数を占めるプロテスタントの
教会ってどんなところなんだろうということで
日曜日の礼拝に行ってみました。

クリスチャンでない人も自由に参加できるとのこと。
娘と手をつないで行ってみました。

ほぉぉ、ステンドグラスがきれいだ。

観光名所の教会でもないので
とても小さな教会ですが
青い立派なステンドグラスが眩しいです。

“Good morning”

入り口で風変わりな訪問者に挨拶をする女性が
娘の姿を見て膝を折りました。

“まだ小さいのね。ようこそ。クレヨンで色塗りして遊ぶ?”

朝の礼拝は1時間ほどあるので
娘が退屈することを察してか、
ぬり絵の紙をくれました。

席について、しばらくすると
荘厳なオルガンの音色が響きます。
Preludeということで前奏曲です。

賛美歌を歌うために立ったり
聖書をぱらぱら開いて読んだり
神父さんのお説教を聴いたりと
日本の教会と進行は同じだと思います。

ただ、来ている方々の積極性には少し驚きました。

聖書なんかもみんな大きな声で朗読するし
お説教の後に参加者が“最近あったちょっといい話”的なものを
みんなの前で披露したり、礼拝が終わった後は
ジュースとお菓子を食べて和気あいあいとお話したり。

地域のネットワーク会場になっているように思います。

ビジネスのコネ作りがメインの人材交流会などと違って
まったく非営利な人のつながりというのは新鮮でした。

涼しい朝。

終わった後、なんだかすがすがしい気分になりました。

“はじめに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。”

私の一番好きな聖書の言葉です。
心が洗われたような気がします。

宗教戦争に発展するような原理主義や
人を傷つけるカルト教団には反対です。

一方で、現在の日本の無宗教性にも反対です。

戦争に負けて国家宗教だった神道が事実上形骸化し、
仏教が一般の人には葬式仏教と化し、
道徳教育が失われた今の日本の地域社会は壊れているように思います。

小さい頃はみんな神様を信じていたけれど、
いつの間にかお金という紙のことを信じるようになる。
それで一生の大半をお金という紙を追うことで終えるなんて
本来の人間のあるべき姿なのか―。

子供に神の存在を聞かれて

“神様は高いところから見守ってくれているよ”

と大人が自信を持って言える社会でないと
子供は不安になります。

日本人は敗戦とともに何か大切なものを失ったように思います。



神とは何か。探し続ける駐在員にあたたかい応援をっ。



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