2010.02.02 宣誓書の威力
保険がおりましたっ!

何の保険かといいますと、
年明けの家族旅行でニューヨークのJFK空港の
チェックインカウンターの長い行列のため
予約していたデルタ航空に乗れなかったことと
セントマーティンの空港で
奥さんのスーツケースが出てこなかったことに対する
損害の補填としての保険金の請求ことです
(家族旅行で何が起きたのか?詳しくはこちら)。

チェックインカウンターが混みあっていて
飛行機に乗り遅れたのでフロリダで乗るはずだったクルーズに乗り遅れ、
セントマーティンという島まで
フロリダから飛行機でクルーズを追いかけたわけですが、
さすがにクルーズ代金は補償の範囲外とのこと。

デルタ航空のカスタマーセンターに電話でクレームをかけたのですが、
ラチが明かず、結局メールにて事情を説明することに。

電話ではこっちが事情を説明するために何か言うたびに
反論してくるんですが、メールで事情を説明すると
あっさり翌日にデルタからお詫びの言葉はありました。

しかし、“他に遅れたお客様との公平の観点から”
ひとり50ドルの補償しか認めないということで
これ以上デルタに何を言っても無駄ということがわかりました。

幸い、旅行保険に入っていたので
一定の限度の範囲内で保険金がおりそうとのこと。

保険会社に、フロリダでの宿泊費、タクシー代、
フロリダからセントマーティンまでの飛行機代、
食事代、スーツケース紛失で新たに買う必要があった
着替え代、下着代、水着代などを請求しました。

これだけではもしかしたら保険会社に
証拠不十分ではねられるかも知れないと思い
弁護士のエーブに協力してもらって
宣誓書を作りました。

“I, xxx, submit this Declaration as part of our attached insurance claim for our family to provide the reason for our late arrival to ...”

“私、ダレソレは、この宣誓書を到着遅延の理由を示すため保険請求の一部として添付し ...”

という文章から始まり、

“I declare that the foregoing statements are true and correct.”

“私は上記記載が真実、かつ、正しいことを宣誓します。”

と結び、署名と日付をしました。

さすがは弁護士。
ヴォイスレコーダーを使った口述筆記ですが、
エーブは裁判所に提出できるような立派な宣誓書を作ってくれました。

もっともエーブの作ってくれたはじめのドラフトは
2ページぐらいのシンプルなものだったのですが
あとで僕があれやこれやと説明を足していると
7ページぐらいになってしまいました(笑)。

アメリカ人というのは不思議なところがあって
口頭での議論だと一般市民でも弁護士並みに口が達者で
こっちが息継ぎをしている間に反論してきますが、
書いたものを渡されると長いものでも
大人しく読んでくれるということを発見しました。

これを書いているうちにデルタから
遅延を認めるような詫び状が来たので
これも宣誓書に添付して、領収書の束を
保険会社に送付しました。

1月の中頃に送って保険会社からは
うんともすんともなかったのですが、
今日になって奥さんから連絡が。

“保険会社から小切手が届いているよ!”

家に帰って確認すると、
請求額ほぼ満額の2000ドル相当の
小切手が送付されていました。

ざっと日本円で20万円ぐらいですね。

半分も返ってこないんじゃないか
と思っていたんでよかったです。

保険会社は請求のうち、
どれを認めてどれを認めなかったのかは
明細がないのでよくわからないですが、
まぁとにかく保険会社は迅速に対応してくれました。

エーブに言うと、

“弁護士費用をチャージしないとねっ”

と冗談で言われました。

冗談じゃない。1時間のタイムチャージが
550ドルを越えるあなたに今回の件を請求されたら
赤字じゃないですかっ!

でも、お昼ご飯ぐらいご馳走してもいいかもしれませんっ。

この国でなんでこんなに弁護士が必要なのかがわかります。
何でも書いたものがものを言う契約社会。

起きた事件がなんであれ
正確に英文の書き言葉に出来る弁護士たちが
重宝がられるのがよくわかりますね。

“権利の上に眠るものは保護されず”

というのはローマ法の法格言だと思いますが、

このアメリカ社会では
権利行使できるにもかかわらず、
怠惰にて春眠をむさぼる者はむしろ少なく、

正当な権利主張は誇りを持って行い、
泣き寝入りは不正義とする気風があるように思います。

いろんな意味で勉強になりました。



宣誓とは何か。日本語とは何か。探し続ける駐在員にあたたかい応援をっ。



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2010.01.26 baby panda
“ねぇ、ねぇ、英語しゃべろうよっ”
“いいよ。”

“いいよ、じゃなくてOKでしょ”
“オッ、OK”

お風呂では英語をしゃべると決めているようで
娘は英語をしゃべりたがります。

もともとは、日本からこっちに来て
まだ英語が出来ない娘が幼稚園で困らないように
と僕がはじめたことで
はじめは“日本語をしゃべる”
と嫌がっていたんですが、
今じゃすっかり娘が気に入っています。

“Are you a tiger?” (トラですか?)
“No, no”(ち、ちがいます)

“But why?” (え、なんで?)
“Well, I like a tiger but I am not a tiger”
(だってトラは好きだけど、パパはトラじゃないよっ)

“You are a tiger, OK?” (パパはトラ、OK?)
“No, I am a human being”(いえいえ、人間ですから。)
  
“Ok, I am a baby panda” (いいけど、わたしは赤ちゃんパンダ。)
“Ok, baby panda. What are you doing?” (わかった、赤ちゃんパンダ。何してるの?)

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“I am eating a leaf”(葉っぱ食べてるよ。)
“Ok. Is it good?” (そう、おいしい?)

“木に届けるよ”
“って急に日本語になったな。でも「届ける」、じゃなくて「届く」だよ”

“なんで?”
“なんでって、「届くことができる」というのは「届ける」とは言わないの”

“どうして?”
“どうしても”

“どうしてもってどういう意味?”
“どうしてもって、どうしてもって言う意味っ。届けるとは言わないの。そういうもんなのっ”

“英語しゃべろっ”
“...OK”

“Are you a tiger?” (トラですか?)
“No, no”(ち、ちがいます)

“Are you a panada?” (パンダですか?)
“No, I am a human...”(いえ、人間です…)

んんん、まずいな。
娘の日本語がところどころ変だぞ。

しかし、なんで「届ける」って言わないんだろ。
届くという意味に、できることを表す「れる・られる」をつければ
「届ける」と活用してもいいもんなのに
「手が届ける」とは言わないもんな。

日本語ってわからないもんだな。

こっちの生活に長い人から子供は
だんだん英語の方が口から出るようになるなんて
いわれてましたが、まさかねぇ。

もうちょっと大きくなってくると
漢字かな交じりの日本語の方が億劫になってきて
英語の方が強くなってくるなんていいます。

それはそれで困ったもの。

日本に帰ったときに
日本語ができないで困るわけです。

うちはまだ小さいのでまだ大丈夫とも思いますが
どんどん日本を知らずに大きくなる
お子さんを持つ方は切実な問題ですね。

日本人は英語が下手とかよく言いますが
その理由を勝手に考えてます。

僕の勝手な理屈では
日本人が英語が下手な理由は
日本語が難しすぎるからじゃないかなと思います。

小学校の頃を思い出したとき、
何年たっても漢字の小テストが
終わらないことに気づいたことがあります。

“コレ、切りがないな。”

子供心にそう思いました。

一体いくつ漢字を覚えないといけないの?

中学校になっても、高校になっても
ひたすら漢字の読み書きを覚え、
書き順まで覚えさせられたものです。

でも、そうやって積み重ねていかないと
社会に出たとき新聞も読めない。

日本語の読み書きを習得するまでの間に
脳の容量の大半を使ってしまって
英語のような外国語を覚えるのが
無理になってしまうのではないでしょうか。

逆に、大学になって中国語をやったときは
楽でしたね。発音そのものは難しいけれど、
何より漢字では困らない。

現代の大陸中国語は
日本語の漢字と違う簡体字を使っているけれど
コツをつかめばそんなに困らないです。

アメリカ人が大学に入って急に中国語を勉強したとしても
“中国”って書くことも難しいんじゃないですか。

書けたとしても、子供みたいな字になるでしょう。

その点、日本人は
未知の漢字でも、部首とかから意味は推測できるし、
一回手で書いてみれば、次からは書けるか、
読めるか、少なくとも意味は覚えられる。

英単語だと、未知の単語だとお手上げ。

もちろん、部首に相当する
接頭辞や語尾をみればわかることもありますが、
語源からやろうと思えば、ギリシア語やラテン語の下地が必要になってきます。

日本で中学高校で、漢文やら古典を少しやるように
イギリスなんかだとギリシア語とかラテン語を少しやる学校もあるらしいです。

古代中国文明が生んだ漢文を下敷きにしている日本語と、
古代ギリシア・ローマ文明が生んだ
ギリシア語やラテン語なんかを下敷きにしている英語では
洋の東西が全然違うので
これを頭の中で適宜スイッチできる人の頭の中はどうなっているんでしょう。

“Ok, I am a baby panda” (オーケー、わたしは赤ちゃんパンダ。)

悟りを開いた禅師のような回答をする娘を見て
恐れ入ったのでありました。



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司馬遼太郎さんの“アメリカ素描”という本を読みました。

アメリカ素描 (新潮文庫)アメリカ素描 (新潮文庫)
(1989/04)
司馬 遼太郎

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司馬遼太郎がアメリカを描いたらどうなるか。

“素描”というのはスケッチのことで
司馬遼太郎さんが西海岸と東海岸の各地を取材に訪れて書いた
アメリカとは何ぞやをスケッチしたエッセイです。

サンフランシスコの中華街を訪れたり、ベトナム人街に行ったり
ニューヨークの5番街やハーレムを歩いたりしていろいろ思うことをかかれています。

20年前の本ですが、さすがは歴史小説家。

アメリカの断面をつぶさに観察しながら
普遍的なアメリカ像をスケッチしているので
今読んでもなるほどと思います。

日本では司馬さん原作の
“坂の上の雲”がドラマになって
話題になっているようですが、
アメリカ素描でも
やはり日露戦争が出てきます!

“日本がましな国だったのは、日露戦争までだった”

という司馬遼太郎さん。

アメリカ素描なのに日露戦争が出てきて面白いですが
日露戦争の講和条約はアメリカのポーツマスで締結したわけですね。

だから司馬さんはポーツマスにも行っていますね。

日本全権大使だった小村寿太郎が当時座ったイスに座ってみたり、
小村寿太郎のハーバード大学留学時代のこととか、
小村の書生だった桝本卯平は
ユダヤ人の経営するフィラデルフィアの造船所で造船技術を学んでおり、
ロシア政府から依頼された軍艦を作っていたとか、
まぁ、よくもまぁそんなことを知っているなと感嘆せざるを得ません。

かと思うと、アメリカのゲイは少数民族としての
権利確保のため政治運動をしているんだとか、
アイルランド系移民がアメリカ社会で置かれている立場を
歴史と現在の観点から分析してみたり、
韓国系移民は果物屋を経営して果物をよく磨いて陳列したから成功したとか
いろいろなことが描いてあります。

“私にとってわかる気がするのは、古い時期に中国文明の影響を受けたくにぐにだけである。となると、ベトナム、朝鮮、それに日本ぐらいなもので、同じインドシナ半島でも、近代以前、インド的な原理で国を作ったラオスやカンボジアとなると目が霞んでしまう。”

と謙遜されていますが、
アメリカのスケッチといいながらも、さすがにかなりの研究されています。
目からウロコのこともたくさんありました。

あるアメリカ人の学者が孔子の“論語”を読むと、

“インディアンの酋長のハナシみたいだ”

というつぶやいたという逸話を紹介し、

「子曰、學而時習之。不亦説乎。有朋自遠方来、不亦楽乎。人不知而不慍、不亦君子乎」

という学而篇の最初のところを

“お前たち、教わったことは、あとで復習するんだよ。あれは楽しいことなんだ”

“友達っていいもんだよ。とくにかれらが遠くからやってきてくれるときはね。
これほどうれしいものはないもんだよ”

“よく世間が認めてくれないといって怒る人がいるだろ。
あれはいけないよ。平気でいるってことが、お人柄というもんなんだ。わかるかね”

というふうに司馬さんは
論語をインディアン風に訳してみて
アメリカ人が論語を読んだらこんな感じに
聞こえるんじゃないかとスケッチしてあります。

東方における聖賢の書は、西洋の目からは
訥々とした語りの老人の人生訓のようにうつってしまう。

これは面白い視点だなと思いました。

中国文明では論理性は必ずしも重きを置かれておらず
それよりも言葉と言葉の間の言外のメッセージを察して
礼と義を重んじるという風にできています。

一方、西洋世界では
ギリシャのプラトンが書いた
“ソクラテスの弁明”などを読むと

自分の死刑執行は不当であるということを
法廷で延々と自分自身で弁明した反駁書が哲学になってます。

切腹は美徳だった日本で
自分自身の罪状を言い訳するような人が
偉人とされることはないでしょう。

でもソクラテスは徹底的に論理的です。

自分は何も知らないということを知っているんだ
という無知の知の論理により、
自分で何か知っていると賢者ぶっている人よりはその分だけ賢い、
したがって、“ソクラテスより賢いものはいない”という結論を
死刑執行まで崩しません。

“さあ、お別れのときが来た。
別々の道に進むとしよう。
私は死への旅路に、君たちは生きる道を。
どちらが幸せかは、神様にしかわからない。”

と言ってソクラテスは息を引き取ります。

このソクラテスが哲学の祖にして
欧米流の論理的思考の祖ですから
論理よりも仁義の論語の孔子とは
根本的に思想が違いますね。

“文化が違うから。”

という言い方を誰かがしたのを聞いて
アメリカでお会いした東大のある教授がこういっていたのを覚えています。

“ただ文化が違うというのは
問題をマジックワードに置き換えたに過ぎない。
文化という定義できないものを使っても言葉の言い換えに過ぎない”

司馬遼太郎は違います。

アメリカ素描の中では
“文明”と“文化”という言葉を明確に使い分けています。

“文明”とは“たれもが参加できる普遍的なもの・合理的なもの・機能的なもの”
“文化”とは、“特定の集団(たとえば民族)においてのみ通用する特殊なもの”

と定義されています。

その上で、アメリカは、かつてのローマ帝国や大英帝国のような“文明”があるとし、
日本は日本“文化”があるといいます。

“たとえば青信号で人や車は進み、赤で停止する”というのは“文明”的で
“日本でいうと、婦人がふすまを開けるとき、両ひざをつき、両手で開けるようなもの”は
“文化”的といいます。

普遍的で誰もが参加可能なディズニーランドは“文明”的で、
合理的ではないが安堵を与えるようなお歳暮のようなものが
“文化”的なのだということでしょうか。

おもしろいですね。

“私は歴史小説を書いている。
見たこともない室町時代を、さまざまな経過をへて、やがてそこにあるかの如く思えるようにならなければ、小説というのは書きにくい。さらにいえば、室町時代の京に、いまいきなり行っても、とまどうことがあるまい、という錯覚がなければ、歴史小説というものは書きにくいものなのである。”

とあとがきに書かれています。

こういう人の頭の中では、今マンハッタンの
マディソン街を歩いていても時空を越えられるでしょう。

ウォール街を歩きながら
ふと日露戦争の決戦前夜の対馬から日本海を見たり、
幕末の咸臨丸の甲板の上を歩いたり、
中国は洛陽の都で流行の回教の教えを聞いたりと、
タイムマシンのように時空を自在に旅できる人だったんだろうなと思います。

歴史を見れば現在がわかるというのでしょうか。
あるいは未来がわかるというのでょうか。

投資よりも投機を重要視して
先物取引にロケット技術の数学を取り入れた
20年前のウォール街を見て
アメリカの経済は果たして大丈夫かと指摘しているあたり
20年後のリーマンショックを予想しているようで
恐ろしいまでの考察力を感じます。

翻って自分のブログを見たとき、
仕事のことや家族のことを通してぐらいしか
アメリカのことを書けないなぁなんて恥ずかしく思います。

アメリカ素描―。
自分自身のスケッチを描いてみたいものです。



文明とは何か。文化とは何か。探し続ける駐在員にあたたかい応援をっ。



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今月は娘と妻、そして僕の誕生日がありました。

娘もいつの間にか5歳。
自分もいつの間にか30歳になりました。

娘には、何か日本的なものがいいかと思い、
“紙芝居”をあげました。

イソップ童話の“ありとキリギリス”の紙芝居です。

アメリカにいると幼稚園でも
紙芝居を見る機会はないでしょう。

マンハッタンの紀伊国屋に売っていたので
思わず買ってしまいました。

旅行で少しお金を使ったので
今年は妻と私の分のプレゼントはなし。

でも娘のバイオリンの先生が
娘にプレゼントをくれました。

CDです。

“一生聴けるものを”

ということで、
フリッツ・クライスラーのCDをいただきました。

Fritz Kreisler Plays KreislerFritz Kreisler Plays Kreisler
(1997/01/14)
Fritz Kreisler、

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“クライスラー以降は、いい音のバイオリニストが見当たらない”
と先生はおっしゃいました。

1975年生まれといいますから
日本でいえば明治生まれ。

クライスラーは
オーストリアのウィーンで生まれたユダヤ人です。

7歳でウィーン高等音楽院に入学して
10歳で首席で卒業したそうです。
パリ高等音楽院を12歳で首席で卒業しているとのこと。

本当の天才ですね。

クライスラーの天才ぶりもすごいですが、
その天才少年を迎え入れるヨーロッパの音楽院もすごい。

日本だったらいくら天才でも
前例がないとか何とか無難なこと言って
入学させないんじゃないかなっと思います。

フランスに移住し、
その後米国に渡りニューヨークで暮らしたそうです。

第一次世界大戦!
に陸軍として参戦しています。

大正時代に来日してるそうです!
船でしょうか。なんともすごいことです。

僕は、クライスラーのオリジナル曲
“Liebesleid”が好きです。



“愛の悲しみ”という邦題がつく曲、
5歳の娘に“愛の悲しみ”というのは
少々早いかも知れませんが
CDをつけると娘がハミングで口ずさみます。

去年の娘のバイオリンの発表会で
18歳のお兄ちゃんがタキシードを着て
この曲を弾いていました。

その様子をホームビデオで撮って家で見ていたので
それで覚えていたのですね。

やっぱり、フリッツ・クライスラーといい
パブロ・カザルスといい
昔の音楽家はすごいです。

録音というのが一生に何度しかなかった時代、
ひとつひとつの録音の機会を本当に大切にしていたんだろうなと思います。

クライスラーは自分でで作曲した曲を、
有名な作曲家の作品で図書館に埋もれていた楽譜を発見して弾いた
とウソをついて発表していました。

クライスラーは、“自分の作品だと飽きられてしまうし、
他のバイオリニストが演奏しにくいから、
過去の作曲家の名前を借りた”と言ったそうです。

“クライスラーは笑う”事件です。

クライスラー作曲でも全然問題ないのにねぇ。

当時のクラシック界では演奏家が作曲者というのは
あまり認められなかったんでしょうか。

今じゃ、“愛の悲しみ”は
バイオリニストのスタンダード曲だと思いますが。

あいかわらず娘は練習嫌いですが
聴く方は好きのようです。

聴くだけでも感性が養われそうな音。

キンキンした音じゃなくて
温か味のある丸い音ですね。

ジャズ好きからクラシック・ファンになろうとしています。

もっともベースの先生のウィルがよく言うのは、
クラシックやジャズやポップやロックというカテゴリー分けは無意味で
単に音楽として、いいかどうかだけ。

彼は演奏によって
いいクラシックもあれば退屈なクラシックもあり、
いいジャズもあれば退屈なジャズもあり、
いいポップもあれば退屈なポップもあり、
いいロックもあれば退屈なロックもあるというだけのことと言います。

今のミュージックシーンは
アメリカも日本も商業主義が強調されすぎて
芸術性が二の次になってはいませんか。

クライスラーの音は
そんなことを教えてくれているようです。



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最後の島に来ました。
キャスタウェイ・ケイ(“Castaway Cay”)です。

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ハイビスカスが眩しく光ります。

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ここは、ウォルト・ディズニー社所有の
プライベートアイランド。バハマにあります。

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キャスタウェイ・ケイに渡るには、
ディズニー・クルーズに参加するしかないありません。

島には、レストランやお土産物屋さんはありますが
宿泊施設は基本的にありません。

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おや、クルーズ船に何やら忍び寄る影がっ。

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うっわーっ。か、海賊船っ!

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船が乗っ取られるーっ。
この無人島に置いてけぼりかーっ。

って、動かないじゃんっ。

おちゃめなディズニーの想像力が作った海賊船だったようです。

この日のカリブ海は大荒れだったそうです。
このキャスタウェー・ケイの周辺だけが晴れだったそうです。

確かに海の水は少し冷たかったけど
周辺の海が嵐だったとは。

嵐でキャスタウェー・ケイに
上陸できないこともあるそうですから晴れてよかったです。


こんなに穏やかなカリブの海。


ハイチで大地震があったのを知ったのは
ニューヨークに帰ってからでした。

地震があったのは僕らがカリブから
帰ってからずっと後ですが
あのド派手の紫のジャケットを着て
カリブ音楽をガンガンにかけたタクシーで
違うヒルトンまで送ってくれたのたタクシーの運ちゃんが
ハイチ出身だと言っていました。

ハイチといえば、ブードゥー教と
ゾンビ伝説ぐらいしか知らなかったのですが、
大地震と聞いて調べてみました。

南北アメリカ中、最貧国とされており
治安が極めて悪く、衛生状態もかなり問題があり
日本の外務省の海外安全のホームページでは
地震前の2009年9月の情報で、

「渡航の延期をお勧めします。」
「渡航の是非を検討してください。」と書いてあります。

同ホームページでは、

“(イ)同地域では、国家警察(PNH)及び国連ハイチ安定化ミッション
   (MINUSTAH)による治安維持活動が奏効し、発生件数は減少している
   ものの、身代金目的の誘拐事件は依然として発生しています。最近で
   は、身代金の支払いに応じたにもかかわらず、被害者が遺体で発見さ
   れる事件も発生しています。また、正体不明の犯罪者集団や麻薬組織
   がらみの殺人事件も多数発生しています。特に首都ポルトープランス
   では、2009年に入ってからの主要犯罪発生件数が前年の2倍以上に増
   加するなど、ハイチにおいてもっとも危険な地域となっています。
 (ロ)ハイチ最大のスラム街といわれるシテ・ソレイユ、ポルトープラン
   ス市ベルエール地区及び同市マルチッサン地区は犯罪者の集結地帯と
   なっており、数多くの犯罪が発生しています。
 (ハ)歩行者の手荷物をオートバイに乗った犯人が後方から奪い取るひっ
   たくりや、商店及び住居からの現金強奪等の盗難事件が増加していま
   す。現金等の受渡を拒否した場合などは、暴行事件や殺人事件にエス
   カレートすることもあります。
 (ロ)ハイチ最大のスラム街といわれるシテ・ソレイユ、ポルトープラン
   ス市ベルエール地区及び同市マルチッサン地区は犯罪者の集結地帯と
   なっており、数多くの犯罪が発生しています。
 (ハ)歩行者の手荷物をオートバイに乗った犯人が後方から奪い取るひっ
   たくりや、商店及び住居からの現金強奪等の盗難事件が増加していま
   す。現金等の受渡を拒否した場合などは、暴行事件や殺人事件にエス
   カレートすることもあります。”

とあり、

“武装身辺警護員をつける等、十分な安全対策をとるようお勧めします。”

“武装身辺警護員”をつけないと歩けない国が
大地震の被害を受けたらどうなるのか。

ただでさえ治安の悪化し
衛生状況が極めて悪いのにもかかわらず
大地震で首都の建物の4分の3が再建の必要あり
という報道が真実ならば、どうなるのでしょう。

コロンブスがやってきて、ヨーロッパからの入植者がはじまり、
アフリカから輸入された大量の奴隷が来たのがここハイチ。
ヴードゥー教は、もちろんアフリカがルーツで
ニューオリンズなんかにも残っていますね。

ハイチはカリブの海賊が本当にいたところです。

イギリスを出向し武器を売りさばき、
西アフリカで奴隷を積み込み、
サトウキビがとれるカリブの西インド諸島で奴隷を働かせて
紅茶に入れる砂糖を作ったといわれる三角貿易。

当時のイギリスで紅茶を飲む習慣が普及し、
大量の砂糖が必要になったというわけです。

中国や日本などの東アジアでは
お茶に砂糖を入れる発想はなかったようですが
イギリス人にとっては砂糖なしのお茶は苦くて飲めなかったのでしょう。

武器輸出で奴隷を手に入れ
砂糖で大儲けするわけです。

この三角貿易の貿易船を略奪するため
海賊が暗躍したわけです。

ラム酒はサトウキビが原料の西インド諸島の蒸留酒。
スピリッツとも呼びますね。

カリブ海のバルバドスで生まれたラム酒。

パイレーツ・オブ・カリビアンの
ジャック・スパロウ船長が
ラム酒を飲むのは
こういう歴史的背景でしょうか。

悲しいお酒です。

ひるがえって現代。

この美しいカリブ海にあって
暗黒の歴史からまだ脱出できないで
貧困にあえぐ島国。

そこに大地震が起きてしまうなんて。
なんたることでしょう。
国としての存亡につながる事態だと思います。

一刻も早く、復興されるように祈ります。



カリブ海とは何か。探し続ける駐在員にあたたかい応援をっ。



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